楓の一日〜One day of the Maple〜

小説 | カエデ | パズドラ

ふっ、と我に返って時計に目をやった。
いけない! もう夕方4時を回っている。

いつもうるさいこいつが、珍しく今日はおとなしく寝ているためなのか、時間を忘れて仕事に没頭していた。
そういえば、お昼食べてないや・・・
と、食料のストックはたしかほとんどなかったことを思い出す。
あぁ、買い物、行かないとな。

もそっ。
動いた。

声に出してしまったのか、心で思っただけだったのか、わからないが、バレてしまったみたい。
こいつは外出に敏感だ。
あっ、やっぱり起きている、こっちを見て尻尾を振っている、わかったよ・・・

買い物行こう・・・
そう言うと嬉しそうに首に巻きついてきた。

街の風景 | 小説 | カエデ | パズドラ

月に一度は焼肉が食べたいと思っている。
だけど、極めて家計が厳しい。
もちろん外食なんかする余裕はないから、家焼きだ。
こいつにも食べさせてやらないといけないし。

こいつは、ただの買い物なのに、よっぽど外出がうれしいのかぎゅうぎゅう巻きついてくる。
体重をのせて尻尾はズルズル引きずっている。
いい筋トレにはなるけど本当に勘弁してほしい。
こっちはさっきまで事務処理してて、目も疲れたし肩こりもひどい。
あぁもうすぐ決算だよ・・・また税金がっぽりとられるんだろうな・・・

夕方の商店街通りまでは徒歩15分くらい。
学生や、買い物に出る主婦、ちょっと早めのサラリーマンもいる。
だいぶ寂れたとはいえ、住宅街なので大通りは車も多いし、そこそこの人通りだ。
それでも御構い無しにこいつはもたれかかってハァハァ言ってやがる。

こいつは常人からは目に見えないことを知っていて調子にのっているが、そんな変な声出したら、私が変な目で見られるじゃないの。

商店街 | 小説 | カエデ | パズドラ
私が小さかった頃、この商店街はいつも人混みで景気がよかったらしい。
今では、近くの駅前にできたショッピングモールに完全に客を取られてしまっている。

私はここが好きだ。
少し色目を使うと、賞味期限間近のものや、痛んで売り物にできない食料を安く分けてくれるからだ。
そのため、生活苦を演出できるように、ラフなTシャツとしばらく洗ってないジーパンと、
ダテメガネをして出てきている。
効果があるかどうかはわからない。でもみんな優しくしてくれる。

今日、何にする?

心で思った。
思っただけで伝わる、というか心を読まれてしまうので常に気を張っていないとこいつに隠し事はできない。

肉!
あっ、そう。

だよね、私も肉食べたいよ!ここ数日、野菜しか食べていない。

こいつは、本来なにも食べなくていい。
何も食べなくても何年も生きられる。
でも、私が育て方間違ったみたいで、一人で食事するのもさみしいから、お皿に取り分けてあげるようにしていたら、
食べることもできるようになった。

精肉店 | 小説 | カエデ | パズドラ

あっ!
肉だ。
見てしまった。

だめだ、どうしても食べたい。
と、私が思ったのが伝わってしまったのか、ぐるると声を上げた。

意地悪して、一旦通り過ぎる。心を読まれないようにして、八百屋に入る。
大きめの大根とじゃがいもが安かったので買い、卵をサービスしてもらったのでお礼を言った。

クス。
すっごい落ち込んでいる。
そんなに肉が食いたいか!まぁ私も食べたいけどね。

しょうがない、ほんの少しだけどお肉買おうか?
そう、思うや否や猛烈な勢いで尻尾をブルンブルン振り回す。
くそ、なんて可愛いんだ。

ここの肉屋に入るのは少し勇気がいる。
私は、一度、ここでオヤジさんを大変怒らせてしまったことがあるからだ。

あれは、たしか去年だったかな、初めてこのお店に入ったときに、いつも他のお店でしているように、かるくおねだりしてしまったのだ。

すこし、痛んだお肉でいいから、安く分けてくれませんか?、と。
するとオヤジさんは、烈火のごとく怒り、ウチには痛んだ食材なんか売っとらん!帰れ!
と言い放たれたのだ。

正直ショックだったし、反省もした。あれから露骨なおねだりはやめようと決めた。

この肉屋にはそのオヤジさんとは別に優しそうなおかみさんもいる。
先月はこっそり覗き込んでおかみさんが店番に立ってたので無事お肉を買えた。
今日は、オヤジさんかな・・・・

オヤジさんだ。

でも勇気を出して店に入る。

「いらっしゃい」

あれ?

今オヤジさん、あんたのこと・・・・・・、見たよね?
明らかに私より高いところ、天井近くを見上げて、たしかにそう言った。

まいったな、たまにいるんだよね。

見えてしまう人が。

ところが、どうしたことかオヤジさん動じることもなくゆっくり私に目線を戻し、
「いらっしゃい」と、もう一度言った。

そうか、知らんぷりしてくれるんだ。
それか私のように日頃からいろんなものがみえてるのかな?
「何にしますか?」ぶっきらぼうだけど礼儀正しく聞いてくれる。
絶対に1年前のこと、覚えているはずなのに普通に接してくれるんだ。

私は、豚バラ肉を500g注文した。

私はオヤジさんに少し興味が湧いて、ちょっと怖かったけどよく観察することにした。

無駄がない!

ゆっくりに見えて正確な手さばきで肉をパックしてくれている。
音も立てず静かに静かに手を動かしながら優しく包んでくれている・・・

「お待たせしました」

はっとした!
つい心の中の方を見ようとして虚ろになってたかも、私。
普段冷静で通していたけど、少しドギマギして小銭を落としそうになった。

気のせいか、オヤジさんは少し笑ったようだ。渋い強面な顔がゆるんでいた。
あっ、そういえばこのひとエンケンに似てる!怖い顔なのに笑うと可愛いのね。

少し、平静を取り戻した私はお礼を言ってお店を出ようとした。
その時、オヤジさんは聞こえるか聞こえないか分からない声で言った。

「その子、名前なんて言うんだい?」

龍 | 小説 | カエデ | パズドラ

帰り道少し動揺していた。
やっぱり、オヤジさん只者じゃないや。

勇気を出してお店に入ったけど、コイツが見えてたみたいだし、
私にも心を読ませないし、あの余裕の笑みはなんなのよ。
しかも、多分このお肉、相当サービスしてくれてるっぽい。
500gの重さじゃないし、250円しか払わなかったのに。
嬉しいけどなんかやられたって感じ。

だいたい、あんたには名前なんかないんだからね。
あんたはただの私の武器よ!

そう言ってしまって、ふと目をやると、私の龍は少し悲しそうな目でこちらを見ていた。

< 完 >

< スポンサーリンク >

小説 | カエデ | パズドラ

コメントをどうぞ。